
京都市で建築設計をすること、の難しさは、歴史と条坊制の厳格な都市計画に拠る、と思う。景観規制と条坊制を細分化して生まれた似た敷地が、伝統建築への(少なくとも外観は)模倣を誘導する先、歴史を保存できても、歴史をつくっていく、ことはいかに可能であろうか。
本計画は京都市中心部のビルに入居する歯科医院である。40年前に建てられた当ビルは各階に最小のコアと貸事務所があり、その躯体は条坊制の都市構造を相似上に縮小したような直交グリッドにRC造の柱と梁が並んだ一般的なビルである。
直交グリッドと45度ライン
しかし計画する5階を現地調査すると、廊下やトイレ、給湯室などの間仕切りが直交グリッドから45度振られている、ことに目が留まる。不思議に思い、後日、既存図面や地図アプリを精査すると、建築と都市のレベルでそれぞれ45度ラインの効用が見えてきた。
建築レベルでは、基準階の限られた面積で、直交グリッドに対し45度ラインで間仕切りや扉を適宜挿入し、コアの最小化と貸事務所の最大化、動線の合理化が図られていた(たとえば交差点は直角より斜めに横断したら歩行距離が短くなることと同じ)。
また都市レベルで見ると、廊下から事務所へ入る扉が45度振られているため、視線は西に向かず、南西の御池通りのけやき並木(本計画はこちらの景色)、北西の北山から西山の山並みへ向けられ、凡庸なビルで場所の独自性が再獲得されていた。
設計と調整
設計を始めるに当たり、既存図をCAD化していると、直交グリッド上の躯体(柱、梁、耐力壁)は通り芯とそこからの寸法が明記されているが、45度ライン上の間仕切り壁や扉の位置には明確な寸法が、ない。そこで直交グリッド上の耐力壁の端点から45度の線を延長し、その交点を結んで半ば成り行きに描いた。この45度ラインがルーズに用意されたこと、当ビルが建設された当時に思い馳せると、直交グリッド上に設計された厳格な躯体を、45度ライン上で動線や視線を柔軟に調整した、と想像できる。そもそも京都の都市だって、厳格に設計された条坊制の使いにくさを、隅切りなど45度ラインや路地・辻子など小さなラインで、調整しながら使いこなしてきた経緯がある。
調整の連続は歴史
そこで今回の歯科医院の内装改修は、出発点としての「設計」より、その後の「調整」の連続の延長線上にある、と捉えることから設計(ではなく調整)を始めた。40㎡の空間は既存間仕切りや天井を撤去しワンルーム化、歯科治療に必要な多くの備品・機器類はまず壁側に収納させ壁同様に背景とした。そこからワンルーム内に独立するレントゲン室、受付カウンター、診療チェアを45度ラインに載せ、廊下に面した既存の45度振られた間仕切り壁・扉に合流させる。この手法により、医院に入った瞬間の眺望、動線の最適化、アシスタントスタッフの死角を最小化し院内を見渡せる視線の配慮、レントゲン室裏の三角形ニッチは院長スペース、などを実現した。 今回は隅切り的45度という本来、集団規定であり都市的な語彙を建築内に取り入れた、当時の調整手法を進化させたが、京都の都市と建築を調整する手法はまだ幾らでも発明できるだろう。調整の履歴がかえって都市の歴史性を逆照射している事実。調整の連続は歴史、をこれからもつくっていく。
