京都市内には町家から近代建築まで歴史的に評価された建築物が多数ある一方で、昭和期に建設された無個性なペンシルビルも多く存在する。
かつて民家が京都の町人の暮らしや風土に根ざし「町家」へ独特の進化を遂げたように、これらのペンシルビルを、同様に京都の町の独自性に対応した「町ビル」へアップデートさせるリノベーションプロジェクト。
敷地は南側が通りに面し、残りの3方は隣地が迫る典型的なうなぎの寝床であることから、南北に居室を、中央に階段と水回りを配したプランは、碁盤の目の都市計画から必然であり、この構成はインフラ的なものと捉えた。一方でインフィルは上下階のつながりを加え、かつての通り庭が動線だけでなく光や風を通していたことを、継承し立体的に発展させた。
立体通り庭としてのコア
改修前は中央の階段室と廊下、水回りは間仕切りで隔てられ暗い印象であったため、階段室と廊下の間仕切りは取り払い、また水回りは最小限の天井高としALCスラブとの間に隙間を設けて、塔屋から降り注ぐ自然光が中央コアだけでなく南北の居室まで行き渡るようにした。
また階段室の最上部に設けた換気扇により夏期は排熱、階段室を貫くダクトファンにより冬期は上部に溜まった熱を下階に循環、最小限の動力で温熱環境を向上、かつての通り庭的な風の流れを立体的に実現している。






吹き抜けとライトシェルフ
2階LDKは吹き抜けとし、3階の寝室との立体的なつながりを生み出した。屋根の梁から吊り下げた通路は、開口部のメンテナンスと消防用代替進入口の動線であるが、軽快なディテールとすることで、南道路側の採光を奥まで届けるライトシェルフの機能も持たせた。既存の鉄骨小梁やブレースのディテールや寸法を踏襲し、ガセットプレートを介した納まりとして、主構造との分節、既存建物との調和を図っている。





都市の隙間 通り、路地、マイクロージ
京都の都市が条坊制に則った碁盤の目であることはあまりにも有名である。120メートル角のややヒューマンスケールを超えた都市は町民にとって使いづらいものだったのか、秀吉の天正の地割(街区の真中に南北の通りをつくり2分割した)を除けば、町民たちが自ら路地や辻子を設け、大動脈といえる通りに毛細血管のような道を加えた歴史がある。ところで高度経済成長期以降は、建替えの際に、外壁を隣地から少し離し始める。工法や雨仕舞い、隣地間でのコミュニティが疎遠になったなど、理由は考えられるが、その結果、隣地境界際に人も入れないような隙間が生まれた。ここは設備の配管スペースであったり、道行く人がごみを投げ入れたり、ネガティブな空間として、大抵は道路に面して扉が設けられてきた。しかし、京都の都市が通りから路地へ、徐々に細かな線が増えていった歴史にのっかると、この隙間はその歴史の最先端である、とポジティブに捉えれるかもしれない。そこで隣地との隙間に出窓や足洗い場を飛び出すように設け、内部空間の豊かさに寄与させた。同時に小さ(マイクロ)すぎる路地という意味を込めてマイクロージ®️と名付けた。


ファサードは既存の急勾配の瓦庇を撤去し隣の町家と高さを揃えた























